【第三章:たった九歳のI・N幹部 2】
極度の自制を続ける僕たちに、団長はたびたび心穏やかに過ごす時間を用意してくれました。夕食のあと、任務に疲れた僕たちのために心を落ち着ける効果のあるハーブティーを淹れてくれたのは日が経つごとに頻度が上がっていきましたし、わざわざ普段より早い時間にS・S本部からカーリーを呼び戻してまで幹部そろっての夕方のティータイムを取ってくれることもありました。はちみつとミルクが添えられた紅茶と小さなケーキのおしゃれなセットをおやつに食べながらもその美味しい甘さに頬を緩められず、笑えない僕たちに、団長は自制を緩めたほうがいいと優しく諭してくれました。
「ねぇ、そんなにも緊張し続けなくてもいいんだよ、君たち。年上の団員たちになめられないように気を張っているのは分かる、分かっているよ。」
ずっと続いていた、終わらない緊張と義務感に疲れきっていた僕たちにとって、団長の穏やかな声は疲れた体を休息へと誘う暖かい眠気のようなものでした。団長の声を聴き、その言葉に素直に従うことはとても心地よく、魅力的に思えたけれど、僕の心はどうしてもその心地よい言葉に抗ってしまったので、僕は緊張し続けることに疲れながらもそれをやめることはできませんでした。
団員の全てが年上で、そのうえ誰も完璧な無表情・無感情を崩さなかったので、僕は自分でも知らない間に団員たちの目を恐れ、常に気を張って強がることで怖がっている自分を守ろうとしていたのです。
団員たちの目は感情を映さず、僕たちの目は団員たちを不気味な先入観のフィルターにかけて見ていました。あのとき団長は、歪みない団員たちの姿と、僕たちに気を張らせていた恐怖を、捉えていたのでしょうか。
部下たちが入寮して半年と少し経った秋の寒い夜、今思えば団長も疲れていたのでしょう、諦めたような冷たくて短い笑い声のあと、静かな声で呟きました。
「君たちは、団員たちの目を気にしているからそんなにも疲れてしまっているのだろう?一度だけでいい、君たちが彼らを観察してごらんよ。」
いつも穏やかな団長の声があまりにも冷たかったので、僕は何度か、あの声を夢の中で聞きました。
「きっとすぐに、団員たちの目は君たちを映していないと分かるはずだ。」
僕はその日夜遅くまで眠れず、隣の女子寝室からくぐもった泣き声を聞きました。きっとカーリーが、また眠れずに枕に顔を押しつけて泣いていたのでしょう。男子幹部三人の寝室の隣はリコリスとカーリーの寝室で、二つの部屋を隔てる壁は薄くはなかったのですが、深夜の静けさで耳をすませば、すぐ隣の部屋の物音は微かに聞こえたのです。僕は普段から寝つきが悪くて、レオナルドとウーゴが寝入ってしまったあともしばらくベッドの中で起きていることがよくあったので、僕たちが寝てからも遅くまで仕事をしていた団長の静かな足音や、S・S本部に通い始めてからなかなか眠れなくなったらしいカーリーの独り言をよく聞きました。彼女の独り言はときどき団長との会話のときもあって、それはみんなが寝静まった夜遅くに二つの寝室で眠る僕たちをちょっと訪れていた団長が眠りにくくなった彼女を宥め、寝付かせていたのでした。