【第四章:エマージェンシー2】

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【第四章:エマージェンシー2】

ウーゴが戦闘部隊の半数を集め、ピエロの侵入被害を受けた施設を仮修復するように指示を出し、レオナルドは妹に預けていた五人の部下を施設修復班と合流させ、自身は治療棟の冷たい鉄扉の裏に消えました。リコリスが残った半数の戦闘部隊を率いて脱走したピエロの収容と手当に向かったので、僕は部下を収容班に合流させ、いつの間にかいなくなった団長を追って暗い夜道を図書館へと走りました。捕獲されたピエロのことは『元実動部隊』に任せて、『作戦参謀』である僕は作戦会議のために資料を集めておくのです。

カーリーを誘拐した八歳の少年ピエロと隣室に収容されていたピエロについての報告書、この寮の設計図、寮付近の地図が、彼女を地図の上から見つけるために何日もテーブルを占領することになるでしょう。

僕は“手品師”です。

テーブルを占領する資料を全て頭に叩き込み、会議の進捗とともに新しく求められる資料を搔き集め、地図の上からカーリーを探し出し、戦闘部隊を送り込んで彼女を助けだすための作戦を考えるのが、僕の役目です。

親友四人と僕、五人全員の命を今度の作戦に編み込むのが、僕の役目なのです。

暗闇の廊下にそびえたつ大きな木製の扉の前に佇んで、僕はそれを押し開けられずにいました。まだほんの一辺も考えられていない、理想の作戦の上で戦う僕たちの姿が目の前に映し出されて、どうしてもそれをかき消せなかったのです。鮮やかに映るその光景は真昼で明るく、単独犯のピエロは間もなく制圧されるところでした。団長の指揮の下でリコリスとウーゴがピエロに立ち向かっていて、周りを二十名の部下が取り囲んでいました。僕は部下の包囲網のなかで、二人からは少し離れて銃を構えていましたが、指は引き金にかけていませんでした。ありえないと分かっているもしものこと、援護のために銃を持ってはいても、それを撃つことはないと幻想の中の僕は知っていたのです。もうすぐレオナルドがカーリーと連れ立って歩いてくるはずで、夢想の作戦は成功をおさめようとしていました。

この鮮やかな夢のように、今度の作戦も進んだなら。

押し開けるだけの力もなく、ただ軽く触れていただけの扉が、壊れた弦楽器のような重苦しい音を立て、大人が一人やっと通れるような隙間が開きました。さっきピエロの治療棟からいなくなっていた団長が、まだ図書館にとどまっていたのです。団長は数冊の埃臭い本を抱えて、するりと隙間を通り抜けました。

「チャールズ、資料を持ってダイニングルームにおいで。」

すれ違いざま、団長は扉の前で彼を見上げる僕に囁きましたが、それは静かな夜で、脱走したピエロの確保も終わっていたので、雑音が混じらないままよく響きました。

「了解、団長。」

扉が開いたと同時に掻き消えた夢想と、その代わりに開けた明るい図書館に眩みそうな目を細めながら、僕は扉の隙間をくぐり、目当ての本棚を探しました。寮の設計図と近辺の地図は歴史書の棚の隅、カーリーが書いたピエロの報告書は以前空っぽだったあの最前列の棚にあるはずで、入り口のそばには持ち運び式の書見台が置いてあるのです。寮での訓練が終わる一年目の最後の夜以来ずっと、図書館には来ていなかったのですが、部屋はあまりに眩しく、懐かしさはありませんでした。二年ぶりの図書館に入ったときよりも、歴史書の棚の上段に収められていた寮の設計図を取ろうと右手をあげたときに落ちた僕の上着に気づいたときのほうが、抑えつけられるような嫌な緊張が解け、冷静になれたくらいです。その暖かい上着は、さっきすれ違ったときに団長が僕に掛けてくれていたのですが、僕はそのとき気づいていませんでした。僕が完璧な作戦を立てなければ親友たちが殺されるとばかり考えてしまっていて、その重圧のせいで冬の終わりの夜の寒さも、自分が今、夜動き回るには薄い寝巻きしか着ていないことも忘れてしまっていたのです。

図書館を出た廊下は灯りがついておらず、またほとんど全ての団員がまだ外での作業から戻ってきていなかったので、ひとけのない暗闇の廊下はしんと冷たい静寂に包まれていましたが、ダイニングルーム前の廊下にはすでに灯りがつけられていて夜の気配が打ち消され、僕の足音に気づいた団長が扉を開けて迎え入れてくれました。

「お帰り、チャーリー。体が冷えてしまっただろう?温かい紅茶があるんだ。リコリスが淹れてくれる紅茶がやっぱり僕たちには一番だけれど、どうかな?」

テーブルには、五人分のティーカップと小さなスプーンが入ったままのはちみつ瓶、真っ白なミルクと白い湯気をたてるティーポットが用意されていて、団長の席には冷めた紅茶と小さくて単調な活字で埋め尽くされた書類、ペーパーナイフと開封された封筒が広がっていました。

「ありがとう、団長、それって本部から?」

図書館から持ってきた何人かのピエロの報告書を自分の席に広げながら、団長がさっきまで読んでいたのであろう書類を指すと、団長はいつもの穏やかな笑みを崩さないままはちみつとミルク入りの紅茶を出してくれ、その手で書類を暖炉に放り込みました。

「そうだよ、だけどもう要らないんだ。」

暖炉の炎に捨てられた薄い紙が焼け焦げ、灰になるまでの間に、団長はもう口をつぐみ、テーブルに広がっていた開封済みの封筒とペーパーナイフを片付け、僕が図書館から取ってきた寮の設計図を広げてしまったので、僕も脱走した少年ピエロ『ニコ』の資料に目を落としました。

本名ニコラス・ダリア、カーリーがニコと呼んでいたらしいそのピエロについての報告書は、他の報告書よりもたくさんのメモ書きの付箋が貼り付けられ、一番上の付箋にはこう書かれていました。

『もうすぐ退院できる!ペンを見せても見向きもしなくなった!』

ニコラスの報告書とメモを一通り読み終え、ニコの隣室のピエロについての報告書に手を伸ばしながらまたそのメモをちょっと見たとき、僕は今度の誘拐騒ぎが何かおかしいということに気がつきました。

『ピエロ症はほとんど治ったはずの』サイコパス・ピエロが、人の寝静まった夜中を選んで脱走し、幹部寮に忍び込んでわざわざ幹部を誘拐するでしょうか。

人を襲うようにはなっても、サイコパス・ピエロが発生する原因は大人しいピエロと同じピエロ症です。サイコパス・ピエロが人を襲う理由は、襲われた人の悲鳴と笑い声を判別できなくなり、笑わせることと恐怖に叫ばせることを同じこととして捉えているからなのです。

ニコラス・ダリアがただサイコパス・ピエロとしての衝動に突き動かされて脱走しただけなら、人の少ない幹部寮ではなくたくさんの団員たちが眠る団員寮を選んで侵入し、静かに誘拐などせずにその場で手当たり次第に団員たちを襲って騒ぎを起こすはずです。

でも、もしもニコラスが何者かの命令に従って動いていたとしたら?

「チャールズ、その資料は読めたかい?三人が戻ってきたよ。」

寒い廊下から帰ってきた三人を迎え入れるためにまた席を立った団長の声に、僕はこの悪い予想について考えることをやめました。

たった一人のピエロについての報告書とメモを読んだだけでここまで考えても、それは想像に過ぎません。まだ確証がないのです。たくさんの資料、確かな証拠もなくひとりよがりで進めた推測に振り回されて、それが間違っていたら、その推測に基づいて立てた作戦も無駄になってしまいます。

「うん、大丈夫。会議にしよう。」

今は邪推なんかに使っている時間はないのです。

この部屋で過ごすべき時間はこんな夜明け前ではなく日が昇ったあとの早朝で、今朝も当然このダイニングルームで朝ご飯を食べているはずのカーリーがこの寮内にいないのですから。

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