【第五章:秘密会議1】

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【第五章:秘密会議 1】

一人が欠けた幹部四人が、それぞれミルクとはちみつ入り紅茶が出された席に座り、全ての資料を読み終えてテーブルに置いたとき、僕たちの作戦会議は挨拶の声もなく始まりました。それでも僕は会議が始まったことがその瞬間分かりましたし、部屋の誰もが会議の始まりを察知したのが感じられました。

あの瞬間、ダイニングルームに集まった僕たちはみんな、それぞれが抱く11歳の少女への想いで繋がったのです。

その想いは、いくら共に活動してきた仲間とはいえども自分よりもずっと幼い親友への愛情、すぐ隣にいたのに彼女に迫る危険に気づけなかった後悔、相手が誰であろうと絶対に助けるという決意、彼女は生きていると希望視したがる双子の妹への愛情と、愛児に安息と平穏をもたらしてやるために長い時間をかけて、誰にも知られずひっそりと建造してきた素敵な永住の理想郷に逃げ込むことになるだろうという確信が入り混じって満ちていました。

会議を進めるため、ニコラスについての報告書を片手に立ち上がった僕を制し、密かな確信を抱いて団長はあの穏やかな声で言いました。

「僕は知っているんだ。」

いつもと変わらぬ穏やかな笑みで団長が次の言葉を繋ぐまでの数瞬、部屋には誰の疑問を投げかける声も、暖炉の炎がはぜる音もありませんでした。団長はまったく完全な穏やかさで、その重大な告白の言葉を繋ぎました。

「あのピエロにカーリーを誘拐させた誰かがいること。」

このとき僕は、出来れば外れていてほしかった方の予想が当たっていたことを知りました。そして、僕と別に行動していた三人も、その悪い方の予想に辿りつき、僕と同じように避けたがっていたようでした。

「あのピエロに誘拐の指示を出した誰かは、全てのピエロを生み出した誰かであること。」

そして、と団長は続けました。

「その誰かはある組織に所属していること、その組織はどれか。」

一拍、意識しない呼吸一度ぶんの間をおいて、団長はまるで水が流れるように言いました。

「つまり、僕は全て知っているんだよ。」

僕たちは、団長が今度の作戦について必要な情報を全て知っていることを聞いて安心しながらも、誰も団長の言葉の意を解せずにいました。

団長は、『ニコラスにカーリーを誘拐するよう指示した誰かがいる』こと、『ニコラスに指示を出した誰かは、ニコラスを含め全てのピエロを生み出した』こと、『ピエロを作った誰かが組織に所属している』ことと、『その組織がどれか』を知っているというそのままの意味は分かっても、その言葉の裏の意味が分からなかったのです。僕たちは、ここにいないカーリーも含め五人とも、初めて団長に出会ったあのバスから今まで、ほとんどずっと団長の手の中で、団長の保護の下で過ごしてきました。団長は僕たちを守り、慈しんで育ててくれるけれど、僕たちにほんのわずかでも害があることは絶対にしない人です。

それなのにどうして、ニコラス・ダリアにカーリーを誘拐させた誰かと、その誰かが属する組織を伏せるのでしょう。団長が伏せる二つさえ分かれば、僕たちはすぐにでも作戦を立て、カーリーを取り戻すことができるのに。

「君たちは、僕が『全てのピエロを作った誰か』だと思うのかな。僕は全部知っているから。」

微笑みを浮かべる口元に手をあて、目を細めて笑う仕草をしてみせた団長に、リコリスがため息をついて、呆れたままに淡々と答えました。

「そんなわけないわ。どうしてあたしたちがそんなことを考えると思ったのよ。ねぇ、レオナルド?」

「そうだぜ。団長、知ってるなら教えてくれよ。カーリーを誘拐した奴は誰で、今カーリーは何処にいる?」

団長が僕たちを裏切るなんてことは絶対にないと分かっていたので、僕たちにとって重要なのはつまらない問答などではなくカーリーの居場所でした。団長はリコリスの返事には仕草ではなく本当に喜んで笑いをこぼしましたが、レオナルドの問いには哀しい、困ったような微笑みで首を横に振りました。

「教えられない。」

哀しみを含んだ微笑みと、緩やかに振られた首の動き、そしてたった一言の言葉の意味を、僕たちはなかなか理解できませんでした。僕たちがその意味をのみ込んで言葉を声にできるようになるまで、団長は微笑みを崩さないまま、何も言わずに待っていました。

「ねぇ団長、どういうこと?」

やっと出た僕の声は、僕が思っていた以上に不安に震えていて、不自然に途切れていました。団長は僕を見捨てるような冷たさのない、ただ優しい憐みの視線で見つめ、悲しいほどに落ち着いた声で言いました。

「僕は確かに、カーリーを誘拐したあちら側について、全て知っているよ。本拠地がどこにあるか、あの子がどれほどの警備の下にいるのか、本拠地全体にどれくらいの兵力が置かれているのか、全て教えてあげられたら、君たちはすぐに完璧な作戦を立てて、明日の朝にも団員たちを率いて行くだろうね。」

「だったら…何で、だよ。」

「君たちを奪われず、あの子を取り戻すため。」

暗く沈んだ雰囲気のなかで、しばしの沈黙のあとに聞こえたウーゴの微かな声を掬いあげるように、決意に満たされた団長の声が答えました。突然差し出された冷たい事実の告白に混乱していた僕たちに、団長はゆっくりと、どんな時でも僕たちを安心させてくれるあの穏やかな声になるよう努めながら、語るように言い聞かせました。

「君たちが今、どうしようもなく混乱していて、焦っていることは分かっているよ。カーリーのことが心配でたまらなくて、僕がおかしなことを言いだしたから不安で押しつぶされそうなことも。だから、こんなことは言うべきじゃないのかもしれない。けれど、これは君たちに全てを教えられない理由だから、隠してはおけないんだ。」

穏やかな声が少しずつ語るような滑らかさを失って、僕は団長の声がだんだんと緊張していくのが分かりました。僕たちは今まで一度も、緊張が滲む団長の声を聞いたことがありませんでした。団長は、緊張に身をこわばらせる僕たちを宥めてくれることはあっても、自身が緊張するようなことはなかったのです。僕たちがたった一度だけ聞いた、緊張を抑えきれなかった団長の声は、それでもやっぱり震えてはおらず、ただとても不自然にこわばって聞こえました。

「僕は以前、あちら側の幹部だったんだ。最初のピエロの完成に立ち会ったときも、サーカス・サナトリウムの次にイノセント・サーカスが設立されたときも、僕の下で働く幼い幹部候補を見繕っていたときも。僕はずっと、あちら側の人間だった。」

その告白は僕たちにとってあまりにも衝撃的で、また悲劇的でもありました。僕がまだ幼い小学生として何も知らずに過ごした最後の夏休み、あの滑稽な同級生が最初のピエロ『クラウン』になった長い休暇のどこかの日、団長は哀れな少年がお道化として完成する様を眺めていたのです。

そして恐らく、訓練所に通う数多の子供たちから僕たち五人を選別した団長の視線は、この寮に入ってからいつも僕たちを想ってくれていた温かさの欠片もなく、ただ操りやすい人形を選り分けていただけだったのでした。

微かな声さえも出せず、ただ悲しすぎる衝撃に打ちのめされてしまった僕たちに、団長の声は緊張が消えて優しさに満たされ、温かな愛情深い視線とわずかにふるえる微笑みが、僕たちをやわらかく撫でるように慰めようとしてくれました。

「今君たちが僕のことをどう思っているかは分からないけれど、僕が君たちに知っていることを教えたら、君たちはきっと、僕が情報を言葉にしたときの声の抑揚、表情から、僕の考えや感情を汲みとって、作戦に入れてしまうだろう?君たちはいつもそうしたがるんだ、君たち自身が気づいていなくても。いっしょに歩けば僕の後ろをついてきて、僕がお休みと言えば眠れない夜もコテンと寝付いて。君たちはとても僕に影響されやすいんだよ。」

団長の優しい温かな視線、穏やかな微笑み、落ち着いた声と言葉は、重大な告白の衝撃をほんの少しずつ和らげていってくれましたが、それもまた団長の影響で、僕たちは誰も声を発することはありませんでした。

団長の声に、抑えようとしない自然な悲しみが混じっても、僕たちはただ、言葉を外に出せないままに団長の声を聞いていました。

「けれど、こんどの作戦は僕が影響しちゃいけないんだ。僕はあちら側で短くはない時間を幹部として過ごしたから、君たちが無意識に汲みとった僕の意思が作戦に混じってしまえば、それをあちら側の誰かに読まれるかもしれない。あちら側に作戦の一部でも読まれてしまえば、もうあの子を取り戻すことはできなくなるから、ね。」

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