そこは、たった一人の少女のための場所。
現実世界から離別した、特別な空間。
[空っぽの図書室]
四方の壁を白塗りの本棚が成す、真っ白い部屋。
白い部屋の装飾として色を持つのは、柔らかい真っ赤なじゅうたんと、その真ん中に据えられた肘掛け椅子のみ。この椅子に小柄なひとが座ると、椅子は大きく見える。
この空間、部屋の住人は、ゆったりと深く椅子に腰掛け、空っぽの本棚を眺めている。
髪は柔らかい光沢をもち、額や肩にはらはらと散っている。
大きな瞳はまったりと細められ、どこを見るともなく視線が投げ出されている。
血の気がない、白い頬。
薄桃色の口。
少女は待っている。
身体から退屈が溢れてしまっているが、あいにく、まだ待ち人は来ない。
彼女は、本を一冊携えてやって来るはずの少年を、待っている。
彼女に与えられたのは、空っぽの本棚と、ある少年の訪問、彼女のために選ばれた本。
まだ顔を見ない少年が、彼女のための本を一冊、届けに来るだろう。
最初の一冊は、どんな本が選ばれるだろうか。
少女は考えるだろう。
どんなタイトルで、どんな表紙のついた本が届くのだろうか。
四方に広がる本棚は、ただでさえ広大だが、届けられた本のすべてが自動的に納められるわけではない。
彼女の本棚に納める本は、彼女自身が選び、彼女の手で入れるのだ。
こん、こん、こん…
扉が丁寧にノックされ、ゆっくりと開き、男の子らしく朗らかだが穏やかな声が、少女に呼びかける。
「お嬢さん、お嬢さん。僕ですよ、ハイネです。」
扉に背を向けた肘掛け椅子のなかで、少女は首筋をぐっと伸ばした。だが、立ち上がらない。
「どんな本を持ってきたの?」
少女に、一冊の本が与えられた。