『西部戦線異常なし』レマルク あらすじ紹介・感想

西部戦線異常なし。

十七歳の、前線に補充されたばかりの兵士たちが、何人砲弾に吹き飛ばされたって。

つい十五分前まで薄いスープを啜っていた老けた顔の若い兵士が、今や泥に倒れてうめいていたって。

西部戦線異常なし、報告すべき件なし。

ノックは四回。静寂が破れる。

大きな木製の扉が開き、一冊の本を右手に持って少年が歩み入る。整えられた丸い革靴の足音は小さく、落ち着いて、カチカチと鳴る。

真っ白な本棚の壁に、真っ白な天井、赤い絨毯に丸く彩られた真っ白い床。

絨毯には大きな肘掛け椅子が据えられ、刺繍入り足載せも用意されている。その上で、白い綺麗な靴下と丸い革靴を履いた両足がぷらりと垂れ下がっている。

「ヘルミーネ。」

少年の、大人びた調子のある、しかし高い声。

ハイネ「御本を持ってきましたよ、ヘルミーネ。」

大きな椅子の背もたれの向こうで、白い細長い指がぐっと伸びをした。

ヘルミーネ「待っていたわ。今度は何を持ってきてくれたの?」

大きな椅子の前に姿勢よく立ち、ハイネの小さな手が本を差し出す。

ヘルミーネが軽く身を乗り出し、右手を差し伸ばしてそれを取ると、表紙をまじまじと見つめた。

ハイネ「西部戦線異常なし、です。人類史上初めての世界的な戦争で、作者レマルクはドイツ             軍に出征しています。戦争の最前線で、兵士たちがどのように生きているのか、どの             ように死んでいるのか。僕たちには、どうしたって知りようのないことでしょう。読             んでみませんか?」

ヘルミーネは意外そうな面持ちでハイネを見、そして興味深く本を見た。

ヘルミーネ「ええ、読むわ。」

ヘルミーネの膝に本が乗せられ、ハイネは静かに足載せに腰掛けた。

あらすじ

第一次世界大戦で、ドイツ軍兵士として戦っている主人公パウル・ボイメルたち。

ドイツは西部にフランスとの戦線を持ち、パウルたちはその西部戦線の最前線に戦っている。

戦線に赴いて塹壕にこもって戦い、二週間経ったら別の部隊と交代して戦線を退く。

今度は交代の直前に攻撃を喰らって、部隊からだいぶ死傷者が出たが、戦線を退いてきてみると手違いで部隊全員分の食事が用意されていたので、腹いっぱいに食べることができた。煙草もいっぱい受け取り、ゆっくり眠ったり、カルタをやったりする。手紙を二三通受け取り、新聞も読む。

けっこうのんきなものである。

戦われている戦線から十キロも退いて拠地に戻れば、兵士たちは遠くに砲弾の音をどおんどおんと聞きながら、気に入らない上官をあてこすって笑い、カードゲームをやり、飯を食う。煙草をぷかぷかやり、負傷した戦友の見舞いに野戦病院に行く。

兵士たちにとって、誰か自分の戦友が撃たれたり死んだりするのはよくあることなのだ。

負傷して国に送られる友達の荷物をまとめてやり、死んだ戦友の家族に手紙を書いてやる。 まだ“生きている”自分たちは、拠地でぶらぶらしたり、死にそうな戦友を話題にしたりして、友の死を嘆かない。

そうして、命令が下れば背嚢を背負って歩き、また戦いに参加する。

砲でずたずたに掘り返された墓穴に潜って一直線に飛ぶ弾幕から身を潜め、騒音の中からいっとう低くて聞こえにくい音を聞き分けて砲撃を感知し身を伏せる。

初めての戦場に呆然とする新兵にガスマスクをつけてやり、実を潜める穴にふわりと覆いかぶさる毒ガスの中で頭上の弾幕をやり過ごす。

戦いの日々に発作を起こし、弾幕のなか何処までも突き進もうとする仲間を塹壕のなかで抑えつけ、弾幕の向こうでのたうちまわる仲間を見捨てる。

しかしまた、期間が経てば戦線を退き帰ってくる。

これが彼ら兵士の日常なのだ。

いっぱい撃ち、殺し、戦友が殺されて、自身は戦場を生き残り、戦線を退けばのんびりと眠り、たっぷり食べる。

十七歳で志願し、二十歳になるより先にもう長いこと戦っている、パウル・ボイメル君の日常なのだ。

感想

さらりさらりと、ヘルミーネの小さな手の中でページがめくられ、まためくられる。

一気にすべて読み終え、彼女はふと呟いた。

ヘルミーネ「こんな風なのね。」

ハイネ「こんな風、とは?」

膝の上に本を閉じて置き、ヘルミーネがそれをもう一度開く気配はない。

ヘルミーネ「戦争とは、こんなものなのね。」

ハイネは何も言わず、ただヘルミーネを見上げる。

ヘルミーネ

「初めて、知ったわ。戦場では若い青年や大人の男性が戦っていて、砲が撃たれて、兵士が負傷して、亡くなるのね。戦線から退けばのんきに暮らしているし、ひとが死んでも、けろっとしている。でも、戦争が終わるまで自分が生きているか分からない。戦争が終わって生きていれば、どの兵士も戦場を去るし、それぞれの故郷に帰り、もとの仕事に就いていく。」

ハイネ「ええ、そうですね。」

ヘルミーネ「ねぇ、この『西部戦線異常なし』というタイトルは、つまりこれが戦争の日常ということでしょう?」

ハイネ「いいえ。『一人の物語として見れば惨状だけれど、戦争を行う全体として見れば、部隊はまだ戦えるので異常はない。』そんな皮肉だそうです。感じるところは、ありませんか?」

ヘルミーネ「ないわ。まるで何も。本は読んで、話の筋も出来事も読み取って、それは理解したの。けれど、何も、感じない。」

ハイネ「そうですね。」

ヘルミーネ「ハイネ、あなたも?」

ハイネ「ええ、実は。」

「僕たちは、砲が撃たれる音を聞いたことがないし、何者とも戦ったこともない、それに、この本にあるように負傷した人を見たことも、そうして誰かを亡くしたこともないでしょう。だからきっと、知らないんです。戦争というものを、その要素のひとかけらも、見聞きしたことも、ちょっと気配を感じたこともない。僕たちは二人とも、平和のなかでだけ生きているんだと思います。」

ヘルミーネ「戦争を知らないから、文字で読んでも想像しえないのね…。」

ハイネ「ええ。きっと僕たちは、いつまでも分からないでしょう。」

ヘルミーネは本を片手にかがみ、足元にそれを置いた。

ハイネ「本棚には、入れないのですか?」

ヘルミーネ「ええ、これは。ここに置いて、またいつか読むわ。この本で伝えんとされていることが、私にはまだ伝わっていない。」

ハイネは静かに頷いた。

『西部戦線異常なし』レマルク 読了

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