山奥に住む女神さまはあるとき、たった一人で山を散策していた人間の少年に出会い、恋に落ちました。物静かな少年とおっとり優しい女神さまは、それはそれは仲睦まじく過ごしていましたが、少年はやがて青年に成り、青年はやがて老いていきました。
そうしてあるとき、人間の少年は女神さまのまえから姿を消したのです。
女神さまは何年も何十年も、少年を待ち続けました。いつか、人間の少年は帰ってくる。そう信じ続けて。
ですが、人間の心はしだいに神仏から離れ、技術へと移ろっていきました。とうぜん、あの少年は現れません。
何百年と少年を待ち続ける女神さまのもとへ、人間の子供が二人、やってきました。二人の子供たちは男の子と女の子の双子で、技術が主要となった現代社会で、珍しく神仏や霊を信じる、変わりものと呼ばれるような子供でしたが、人間のことをよく知らない女神さまにはそれが分かりません。
女神さまは、幼い双子に尋ねました。
「何百年もまえから私は、とある人間の少年を待っているの。あなたたち、彼を知らないかしら?」
双子の片割れの男の子が、女神さまに問い返します。
「その人の名前は?」
「千尋。辻村千尋よ。」
女神さまの言葉に、双子の片割れの女の子が静かに首を振りました。
「女神さま、彼はあなたに言わなかったみたいだけど、人間の寿命は百年もないんだよ。」