【第一章:放浪の果てに見つけたモノ】
うわぁぁぁぁ!すごい!これは!世紀の!大発見だ!まさか…まさか、こんなモノを見つけてしまうなんて…なんとなく海に来たけど…やはり!海がボクを呼んでいる!
でも…まさか生まれて初めて見るうり坊が死体だとは思わなかったな。ちょっとばかり引きつった皮膚、所々に小さく残る茶色のしま模様の毛皮。頭はちょっと砕けているけど、ボクはボクの直感を信じるよ。これはうり坊だ!
少しばかり湿った砂を歩けば、そこら中に転がるプルプルのクラゲ達。下を向いて歩かなくちゃ、間違えて踏んづけちゃったら滑ってこけて毒針が足に刺さっちゃうよ!もちろん皆死体だし、踏んづけるなんて不躾なことはしたくないしね。なぜって?ボクは『死の証人』だからだ!なんとなく、で放浪し、辿り着くのは死体の前。大海原を航海し、偶然にもこの砂浜に辿りつき、湿った砂に身を横たえる死体達。海の生き物だけじゃない。川に生まれ、一人育ったカメだって、陸に生まれ、母親に愛されたうり坊だって、その生を終えて海を旅し、砂の墓場に辿りつく。それと同じ時間、ボクは『なんとなく』で家を出て、砂浜に足を運ぶ。たった一度。なんたる偶然!それは素晴らしく尊ぶべき出会いだろう。ボクはそれを二度三度、繰り返した。フグに出会い、クラゲに出会い、カメに出会ってうり坊に出会った。何ならもう一度会いに行った。春の雨のあと、もうあの子には会えなかったけどね。とかく、ボクが放浪すれば必ずと言っていいほど死体に出くわすわけだ。ときに、朝学校への通学路でさえも。これは、ボクはボクが出会った死体達がかつてたぶん生き、そして死んだという証明をする資格があるという証明になる。
この記念すべき物忌みの夜!ボクはボクに新たな使命と名前を授けるつもりだ。『死』という概念を自らその身に受け入れた死体達がボクを受け入れてくれる間、彼らの墓場となった海がボクを呼んでくれる間、ボクは彼らが『死んだ』ことの証人になる。厳密にいえばボクは彼らが『生きた』ことを知らない。見ていないからね。でも!ボクは確かに死体の彼らを見た。つまり彼らが『死んだ』ことをボクは知っている。だからボクは、死体達の『死』を証明する、『死の証人』になる。
いつかボクが『死』という概念をこの身に受け入れる時が来たとき。そのときまで死体がボクを受け入れてくれるなら、まだ海がボクを呼んでくれるなら。ボクはきっと微かの恐怖と恍惚を抱きながら死を受け入れるだろう。そうしてボクも死体達の仲間入りを果たし。そうしてボク史上初、ボクは真の『死の証人』になるだろう。
【第二章:もう一度、キミに会えたネ】
ボクがボクを『死の証人』にした次の日。ボクは素晴らしき二重の物忌みの中、海辺のあの子に会いに行った。海辺のあの子っていうのは、砂の墓場で昨日出会ったイノシシの子供。彼(彼女かもしれないけど)を見つけたのはボクだけじゃなかったらしい。満ちた潮がかけた砂をのけると、あの子の腰元に誰かの乱暴な口付けを受けた痕があった。腰へのキスは貴女を独占したいという意思の表れ。まぁ、熱烈なお相手ができたみたいだね。おめでとう、ボクからキミに、祈りを捧げるよ。
昨日の昂ぶった心は満ちた潮に攫われて、あの子の前に立ったボクの心はひどく凪いでいた。荒れる春の波に微かの恐怖を覚えたのは、今にもあの子が新たな旅に連れ出されてしまいそうだったから。
キミの恋の相手にはならなくとも、熱烈な口付けのシャワーに朽ち果ててしまうまで、ボクはキミのいる海に通いたい。これは素晴らしき物忌みの日、ボクが密かに考えた贅沢な願い。
【第三章:さよなら、サツキアメのキミ】
素晴らしき二重の物忌みに、さらにもう一重の物忌みを重ねるというボクの素敵な企みは見事に阻止されてしまった。あの子に会いたいという静かな願望と相合傘して海に向かったボクは、春の嵐に弄られてびしょ濡れになった挙句、あの子には会えないまま帰路につく羽目になったのだ。まぁ、どんな雨だろうとボクは雨が大好きだから、子供さながら雨に遊びながら走ってきたのだけど。
またキミに会いたい、とボクは思うけれど。キミはそれを知りえないから。たとえ知っていたとしても。それはキミの意に介すことじゃないから。雨に戯れ遊ぶボクのワガママなんて、死んだキミが気にすることじゃないから。
だから、さ。もしもキミが今夜出立するというのなら、土産なんていりやしないから、しばしボクの記憶に留まっておくれ。大人にも子供にもならないこの半端もののボクの、おかしな青春のピースの一つになって。近いうち、きっとこの感動は消え去ってしまうけれど。いつかボクが私になって、キミを海で見つけたうり坊の死体と呼ぶようになってしまったら。その頃のボクはきっと、キミを思い出すよ。キミはボクにとって初めて見たイノシシでありうり坊なんだ。だから、きっと。
生き物は死ぬと、その体を養分にして他を育むんでしょう?だったらキミも、その体を見つけたという記憶としてボクの養分になってよ。
【第四章:最後の仕事】
ボクはまた、海に呼ばれた。
海にまた、死の気配を感じたから。あのうり坊に出会ってから、おそらく彼(彼女?)の母親に出会って、三度目か四度目の証明。
そこには、何もいなかった。
夏のころだから、人が泳いでいた。それが死んでいるのかと思ったけど、違った。砂浜を歩き回ったけど、何も死んでいなかった。何が、何の死がボクを呼んだんだろう。ボクは、静かな波打ち際に佇んでいた。
波が、静かに打ち寄せる。音もなくひとしずく跳ねて、波打ち際から少し離れた砂におちた。白く泡立った海辺。
ボクだ。
今日ボクを此処に呼んだのは、ボク自身だった。
幾多もの死を運んだ水が、ボクを誘う。そうだ。ボクには、ここで死なない理由はないじゃないか。この誘いを蹴って、死を避ける理由は、どこにも。
ボクはひどく心穏やかに波打ち際にしゃがんだ。水はひどく透明だった。ボクは微か微笑んで、そぉと手を海にのばした。波が打ち寄せ、ボクの指先を撫でる。欲気はなく、なにより優しく、一切の感情を抱かずに。
指を濡らす水を、ボクはペロリと舐めた。自ら指先に口づけて、海がやったように、心穏やかに最期を受け入れて。
しおっからい。
死の証人は、最期に微笑み呟いて、最後にその死を証明した。