誰も知らない物語を作るのは簡単だ。
物語さえ思いつけば、きっと誰にでもできる。
まずは物語を書く。どんな内容でも、どれくらいの長さでも構わない。
ただ一つ、それは貴方が一人だけで書いたものでなくてはならない。
そして、他の誰にも知られてはならない。
これは、誰も知らない物語だからだ。
次に、それを燃やす。
その物語を書いたものが消えて、誰にも読めなくなれば何でもいいが、紙に書きつけて燃やしてしまうのが一番確実だ。
どうしても消してしまいたくないのなら、確実ではなくなるが隠すのもいいだろう。誰かが見つけて読むまでの間だけ、それは誰も知らない物語になる。
最後に、貴方が物語の存在を忘れてしまう。
ここまでの手順を完璧にこなしてきたのなら、物語の存在を知るのは貴方一人だけのはずだ。この時点ではまだ、「貴方しか知らない物語」しかできていない。貴方が物語を独占したいのなら、自分しか知らない物語を作りたいのなら、ここでやめるといい。
だが貴方が「誰も知らない物語」を作りたいのなら、まだ手順は残っている。貴方は誰にも物語の存在を告げず、匂わせることもせず、物語を完璧に忘れてしまわなければならない。
「完璧に」と言うと、不安になるかもしれない。しかし、その必要はない。
「物語を忘れられるか」という不安を抱えているうちはまだ、貴方は物語の存在を忘れることはできない。
安心して欲しい。
私は、この忙しい現代社会が、いともたやすく貴方の頭から物語の存在を追い出してくれると、あまりにもたくさんの情報をもって忘れさせてくれると、確信している。