【第二章:一年目のイノセント・サーカス寮 2】
図書館での読書に疲れたときや気分転換をしたいとき、僕はいつもリコリスと中庭を散歩しました。夏は涼しい木陰に座って、冬は小道をゆっくり歩きながら、明日の散歩の、実現するかはわからない気まぐれな約束やお互いの訓練、座学の授業について話をしたり、僕は何もしゃべらずに一つの木陰で隣同士に座ってリコリスの歌声を聴いたり、他愛ないけれど貴重で素敵な時間を過ごしました。僕がリコリスを散歩に誘いに行くためか、リコリスに誘われて図書館を出るとき、読書中のカーリーはいつも気づいていなくて、僕たちの声かリコリスの歌声が中庭から聞こえてやっと気付き、窓から庭にいる僕たちに手を振ってきました。カーリーは一度読書を中断すると、しばらく外を眺めてからまた読み始めるのが常だったので、僕たちと手を振りあった後少し経ってから「リコ、歌って聴かせて!」と呼びかけて、リコリスの歌声を聴きながらまた本を読み始めることがたびたびありました。
訓練が多く入っていたレオナルドとウーゴ、リコリスは午前の一、二時間の座学のあと、四、五時間の訓練のあいだの休憩もほとんど訓練施設の何処かで過ごしているようでした。寮に入ってすぐのころは、双子は常にいっしょにいないと落ち着かない様子でしたが、日にちが経って訓練が始まるとじきにそれは収まったようで、カーリーがレオナルドのいる施設に通うことはなくなり、未来の実動部隊と作戦立案・研究班に分かれて授業のあいだの十五分ほどの休憩時間を過ごすことがほとんどになりました。食事や、授業が終わってからの夜の時間を五人でいっしょに過ごしましたが、ときどき消灯の三十分ほどまえに団長の足音がみんなのくつろいでいるダイニングルームに近づいてくるときがあって、足音が聞こえると僕たちはいつも静かに期待しながらドアが開くのを待ちました。僕たちの授業や訓練を全て教えてくれ、食事を一緒にとり、身の回りの世話もしてくれていた団長は、ときどき寝る前に物語を聞かせてくれたのです。団長が選び語る物語はいつも面白く、穏やかな声は楽しく興奮した僕たちの精神を静め、ゆっくりと眠りに誘いました。うとうとまどろんでいるときに寝室のドアが少しだけ開き、隣のベッドからずり落ちかかっている毛布をかけ直してやる人影を眺めていると、僕はどうしようもなく暖かい安心感に包まれて眠りなおすことができました。
あのころから団長は、初めて会ったバスの中で団長自身が言ったように、僕たちの教育係兼世話係であり、そして保護者でもありました。一度など、夢うつつに寝ぼけていたカーリーが、団長のことを「おかあさん」と呼んだくらいです。団長は僕が初めて出会った、お母さんの次に子供を愛せる人でした。
最初の一年間、本格的な訓練期間が終わる冬の終わりまで、僕たちは団長の保護の下「ただの子供」として過ごすことができました。
四季それぞれ、たくさんの時間をリコリスと過ごしたあの中庭、未来の実動部隊と僕が団長から教わり、初めて銃を撃った射撃場、訓練や授業内容は変わっても、ずっと変わらなかったレオナルドやウーゴとの遊びやときどきの悪戯、カーリーと同じテーブルで二つの本の要塞を作り上げた図書館。
今では寮は無人の廃虚になっているでしょうし、僕たちが暮らしていた頃も二年目からは次の正式団員たちがたくさん入寮しましたから、あの広い寮で六人だけという少人数が密接に過ごした時間はきっとあの一年だけでしょう。
一年間で僕たちは、団長に指名されて集まり、同じ屋根の下で寝起きし始め、知り合って友達になり、授業と訓練の日々で親友になりました。I・N幹部としてではなく、サーカス団の要職の肩書を持つ責任ある少年少女としてでもなく、ただの子供として守られながら過ごせたのはあの一年間だけでした。
寒い夜を旧式暖炉の部屋で過ごし、雪の朝は庭で遊んだ冬が明けると、僕たちはI・N幹部として活動し始め、部下を持ち、権威のマントを着せられたのです。
冬が明けた朝、僕は“手品師”チャールズ・コナー幹部として、入寮したばかりの部下を迎えました。