幼子達に祝福を

‟あたし、あなたがすきよ。“

幼い少女が、幼い少年に、初めての告白を。堂々とした立ち姿、何処か遠くを見つめる凛々しい横顔、不意にみせる愛らしい笑顔。懐かしい夢だ。夢とわかっていても僕は、彼女に惹きつけられてたまらない。

‟ねぇ、ちひろ。あたしのこと、すきになって。“

僕はあのとき、初めての告白を受けたとき、ひどくどぎまぎしてしまって、そうして、俯いたまま、答えてしまった。

‟りりあ、ぼく…むり、だよ。“

彼女の大きな瞳にじわりと水が溜まり、僕は何故彼女が泣くのか分からず顔を覗き込み、その水が雫となるまえに目を擦った彼女は、それでも気丈に振る舞って、そうして、震える声で、それでもはっきりと、言った。

‟そう、ごめんなさい、ちひろ。“

あの頃僕は、ひどく愚かだったのだ。僕はあのときもうとっくに彼女のことが好きだった、でも、彼女はそれを知らなかった。だから僕はあのとき、もう君のことが好きなのに、新しく好きになるなんてできないよ、と言うつもりだったのだが、彼女は、僕に、君のことは好きじゃない、と言われたのだ。

「あら、千尋。こんなところで、まぁ、珍しい。眠っているわ。」

僕は幼い彼女と幼い僕の夢を見ていて、そうして、彼女の魅力を考えているうちに目が覚めていたのだが、彼女が来て、眠っていると思っている僕を見ていることを知って、目を開けるわけにはいかなくなったのだ。したがって、僕は、眠っている振りを続けた。

「こんなところで眠ったりしたら、風邪をひくわ。それに、体も痛めてしまう。本当は、起こしたほうがいいのでしょうけど、でも、こんなにも気持ちよさそうに眠っているし、あたし、どうしたらいいのかしら。」

僕は、そのとき、またどぎまぎしながら眠ったふりを続けていたのだが、自然と思考は彼女に寄っていくわけで、何度も頭の中で繰り返したあの告白から、今そこにいて、僕を起こそうかどうしようかと思案している彼女に埋め尽くされていくわけで、しばらく迷ったのちに歩き去る彼女の足音を聞いて、少し落胆していたのだ。ああ、こんなことなら、目を覚まして、彼女の微笑みをこの目に入れておくべきだったと、自分の愚かな行動を少しばかり呪ってもいいかなと、思案していた最中だったのだ。

「疲れているのね、千尋。でも、風邪をひいてはいけないわ。」

彼女が再び戻ってきて、そうして、眠っているはずの僕に暖かな毛布を掛けてくれると、ああ、今度こそ彼女が行ってしまうと思ったのだが、彼女は僕も眠る長椅子のはじに腰掛け、そうして、子守唄でも謡うように、そぅと、言葉を紡ぎ始めたのだ。

「あたし、あの日、貴方に告白したけれど、そうして、フラれてしまったけれど、でも、あたし、貴方のことが、まだ、好きよ。あれから何も言っていなかったけれど、あの告白はお互い何も言わなかったけれど、でも、あたし、貴方のことが好き。」

僕は、まさに、天にも昇る気持ちだとはこのことだな、と、思った。僕は、あの日、自分の想い人からの告白を断ってしまうという、何にも勝る愚かしさを発揮してしまったのだが、それでも、まだ、彼女は僕を好いていてくれたのだ。彼女は、この愚かしい僕を、何にも勝って愚かな僕を、まだ好きだと言ってくれた。

「大好き、大好きよ、千尋。あたし、貴方のことが、大好き。あれは、たしか、十数年前になってしまうけれど、あたし、その十数年のあいだ、ずっと、貴方のことが好きだったわ。そうして、今も、好きよ。」

僕は、思わず目を開けて、そうして、彼女の目を見つめていた。彼女の顔は、まぁ、これまでにないほどに真っ赤になっていて、それはまるで熟れた林檎、彼女の告白にどくどくとうるさい僕の心臓、真白なうさぎの真赤な目のようであって、そうして、その真っ赤な顔のなかに、恥じらいに涙を浮かべる青の瞳が、まぁ、素晴らしく美しく、綺麗に嵌まりこんでいたので、僕も思わず顔が赤くなってしまって、そうして、彼女は、僕がどうやら目を覚ましていたらしいことに気が付いたのだ。

「ち、千尋、あ、まぁ、どうしましょう、あたし、本当に、どうしましょう、貴方のことが好きよ、でも、それは、もう、貴方に好きになって欲しいわ、でも、あの日、もう、断られてしまって、あたし、本当、どうしたらいいの?」

僕は、長椅子の上で体を起こし、そうして、真っ赤になって逃げようとする璃莉愛の手を捕え、全身にびりびりと幸福、緊張、感動の電気が焼き切れそうなくらいに走るのを感じながら、彼女の告白に、答えたのだ。

「璃莉愛、僕も、君のことが好きだ、大好きだよ。実は、僕、あの告白よりずっと以前から君のことが好きだったのだけど、でも、もう好きだというのに、もう一度好きになるには一度嫌いにならなくちゃと思って、でも、どう頑張ったって君を嫌いにはなれないから、だから、断ってしまったんだ。ごめんね、璃莉愛、君を嫌いにはなれないから、もう一度君を好きになりなおすことはできないけど、それでも、君を好きだと言うことなら、いくらでも出来るよ。本当だ、これは、僕の心の奥底から、いや、僕と名のつくもの全てから言えることだよ。」

そうしたら、彼女、ふらふらと倒れ込むものだから、心配になって、心臓がきゅうと絞められて潰されてしまうかと思いながら、抱き留めると、微かな声で、本当に微かな声で、

「あたし、そうだとは思わなくて、てっきり、あなたに嫌われはせずとも、何とも思われていないのかと思って、でも、今、本当に、嬉しいわ、嬉しすぎて、このまま死んでしまいそうよ。」

なんて言うものだから、僕は、僕まで死んでしまいそうに幸せな心地になってしまって、二人して、そのまま、長椅子に凭れ掛っていたんだ。しばらくすると、また、あの日のように、違うのは、真っ赤な顔と、震える声で、

「あたし、貴方が好きよ。」

なんて言うものだから、僕は、思わず彼女を強く抱きしめて、真っ赤になりながら、精一杯、震える声を落ち着かせようと努力して、

「璃莉愛、僕、君が、好きだよ。」

と、答えたのだ。そうして僕は、十数年来の想い人に、僕の気持ちを伝えられ、盛大なフライングをして受け取っていた彼女の気持ちに、とうとう応えることができたのだ。

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