【第六章:カーリーが死んじゃった 3 】
「ねぇ、みんな、ここだよ。」
声が聞こえて、みんなが呼ばれたとき、もうバスは停まっていました。団長は運転席を離れて、出口への歩いていくための通路の終わり、バスから出ていくステップと運転席との間に立って、僕たちがそれぞれ離れて居る座席の全体を眺めていました。
「着いたよ、きみたち。」
僕たちは呼ばれて、顔を上げはしたけれど、でもまだ誰も立ち上がりませんでした。団長の声は暖かく、まだ立って出ていくことを促していなかったし、バスの扉は閉められたままだったのです。通路の出口を塞いで、バスの扉も開けず、穏やかに微笑んだ団長は、四人分の恐怖や絶望、そのほかそれぞれが抱かれ、巻かれたカーリーへの感情と苦痛に沈んで染み込み、浮き上がれなくなったそれぞれの心を、暖かい優しい声で、柔らかく触るように撫でました。
「だいじょうぶ、ねぇ、もうじきに会えるよ。バスを降りたら、ちょっと探してごらん。あの子は生きていて、僕たちに着いてきているよ。」
いっさいの抵抗なく耳に流れ込んできた団長の声に、優しく髪を撫でられたような暖かい感覚に包まれながら、僕はゆっくりと団長の言葉を飲みこみ、少しずつその言葉の意味を解していきました。
作戦が完成に近づいてきて、決行が迫ってくる数日間、長い間僕はずっと、もうカーリーは死んじゃったと考えて、僕をいじめる悲しみと苦しみを抱きしめながら、カーリーを助け、取り戻すための作戦を作っていたのです。僕がずっと諦めていたカーリーの生存を告げ、僕が絶望と苦しみといっしょに受け入れていたカーリーの死亡を否定する団長の言葉は、数日前のいつかに僕自身がありえないと処理した、けれどそれよりずっと以前から切望していた希望でした。
七日前の夜、おやすみを言って部屋を別れ、眠っている間にカーリーはいなくなりました。ずっといっしょに、そばにいたのに、カーリーはあの夜からまったく会えなくなったのです。日が経つごとに、カーリーは生きているのか分からなくなり、だんだんと死んでいるのかもしれなくなっていきました。
僕たちはずっと、カーリーを助け、取り戻す作戦を四人きりで考え、作り上げていきながら、叶わないだろうと感じている願いが叶うのを待ち望んでいました。僕たちは四人とも、団長にカーリーは生きているよと言って欲しかったのです。
ずっと待っていた、けれど、カーリーが死んだかもしれないことへの恐怖や絶望、それぞれが考えて感じ、迷い込んだ異様で暗黒な感情の迷路に見失いかけていた願いは叶ったけれど、僕がゆっくりと言葉の意味を理解していったように、誰もすぐにはそれに答えませんでした。見失いかけていた希望を捕らえなおしてもう一度見つめ、それが叶った、つまりカーリーが生きているというのを分かってしまうには、今までに僕たちは絶望しすぎていて、絶望と切望に苦しみすぎていたのです。僕たちが告げられたばかりの知らせを飲み込んでしまって、理解して答えられるようになるまで、団長は穏やかに微笑んで、何も言わず、愛情の暖かな視線でバスの座席に納まった僕たちを眺めていました。
「やっぱり、そのはずだと思っていたわ!カーリーは生きているはずだったの、そしてほんとうに生きてた!」
楽しくて笑うときのような、朗らかで明るいリコリスの声が高く弾んで、そして彼女自身が座席から立ち上がりました。
リコリスが立ち上がったまま、あんまりにも幸せな興奮にふらふらになって、まるで甘いチョコレートの大きな欠片を食べる小さな女の子のように口を両手で押さえて笑っているのを見つめながら、僕もようやっと嬉しい知らせが分かりました。
今間違いなくカーリーは生きていて、そして、僕たちはもう、彼女が死んだと知らされなくてよくなったのです。
僕もリコリスがやったように勢いよく席を立って、全身がはじけてしまいそうに流れ巡る嬉しさを開け放そうとしたけれど、僕はただ立ち上がることを失敗し、倒れ込むみたいに椅子に座りこんでいました。どうしようもなく暖かい安堵に全身を包まれて、ちっとも力が入らなかったのです。とうとう諦めて僕は目を閉じ、柔らかな手に撫でられるような安心と全身を息苦しいほどに巡る明るい嬉しさに身を任せながら、バスの中に満ちた幸せをもっと感じたくて、膝を抱き、体を縮めて耳を澄ましました。
それは何より待ち望んだ、とても嬉しいことだけれど、衝撃があんまりにも大きく感じられて、赤ん坊のように身を縮めていなくちゃ耐えられないような気がしたし、どうしようもなく守られていたいと思ったのです。
団長に守られていたいと願っていながら、僕はやっぱり団長の優しい暖かい愛情に包み込まれていることを今までのいつよりも強く感じていたので、真っ暗闇のなかで声を出さずに泣いて、ときおりしゃくりあげる、ひきつれた声が聞こえても、僕はまだ穏やかな心地で、目を開けず、耳を澄ましていました。今朝早く、まだ夜も明けていなかったときとは違って、一挙に訪れた安堵が彼を泣かせているのだと分かっていましたから。
通路を挟んだ隣の席からリコリスの明るく高い弾けた声を聞き、ずっと前方の席に安堵に泣かされたレオナルドの気配を感じながら、僕もまた安心と興奮する幸福でいっぱいに満たされ、その甘い響きに逆らわないまま、しばらく過ぎていったようでした。リコとレオ、そして僕は、カーリーが生きているという知らせで舞い上がってしまって、この先に最も大切な出来事が待ち受けていることをすっかり頭から追いやってしまっていたのです。
どれだけ時間が経ったのか、たぶん嬉しい衝撃を受けてしばらく経ってから、僕はやっと目を開け、リコリスは力を抜いて席に座り、レオナルドは涙をぬぐって目元の赤くなった顔を上げ、そして一番後ろの列でウーゴが席を立ちました。
「この外にいるんだよな、団長。」
ウーゴの声は弾んでいなくて、まるでこれまでと変わっていないような冷静さでしたが、団長は微笑んで頷きました。
「そうだよ、ウーゴ。この外にカーリーがいる。」
団長の声はやっぱり優しくて、僕はそのとくべつの穏やかさをとても久しぶりに感じたように思ったけれど、実際にそうなのでした。僕はしばらくの間ずっと、団長の声を聞きはしても、まともに団長の穏やかさを感じられていなかったのです。僕は追い詰められていて、そして弱ってもいました。
「カーリーは生きているよ。もう心配しないで。」
僕たちのうちでただ一人席を立ってバスを降りて行こうとし、閉じた扉と運転席の間、ちょうど通路を塞ぐように立っている団長の前に立ち止まったウーゴに、団長は静かな声で囁きました。
ウーゴは答えませんでした。答えるより先にリコリスが席を立ち、団長はバスの扉を開けたのです。
「カーリーと一緒に僕を待っておいで。」
団長を一人残して、僕たちはバスを降りました。僕たちがここに、カーリーのもとに来るためにバスを走らせたことが感づかれないように、団長はこのまま道を進み、この先のS・S本部に行くというのです。『ちょうど定例の呼び出しが来たから』、寮にただ一つ置かれたバスを使っても怪しまれない、と。