死の証人 【最終章】

あの子に会いたいな。

初めてあの子に会ってから(といってもその一度きりしか会えなかったのだけれど)ほとんど一年が経って、ふと僕は、いつか僕がまだ夢に溢れた子供だったということを思い出した。

いつかの海辺で会って、僕がその背後にしゃがみこんだ、死んで流されてきたあの子、いつかのウリ坊、五月雨の君。あの子といっしょに。

あの頃は、僕がだんだんと大人になっていく時期だった。

大人になりたくないなんて、高らかに叫んで、大人はしないであろう子供みたいなことを探して、見つけてはやって。自分が大人になっていくことを否定して、子供であることに(それこそ子供みたいに)執着しながら、わけもなく散歩し、物珍しい海からの旅客に喜んで、とうとう『死の証人』なんて夢物語を描いて、なぞった。

不謹慎だなんて、全く思わなかった。

だってあのとき、僕は確かに、死んで横たえられたイノシシの子に出会い、サツキアメのキミと名付けて、いっぱい考えて、呼んで、会いに行って、おしゃべりしていたんだから。僕はあのとき、ちっとも言葉は交わさなかったし、ただ少しの間しゃがみ込んで見つめていただけだったけれど、それでもあの子と対話していた。

あのときは、それができた。していたことを、覚えてる。

僕はあの子に、

「君が死んだことを、僕が知ってる。僕が君の死の、証人になる。」

確かに言った。

けれど、今はそれができない。

あの子はもうあの海辺にいない。

僕はもうあの海辺に行くことを許されていない。

あそこに行くための、あの海につながる道が、幾度かの台風で壊されて、つぶれちゃった。もう人が通れる道じゃない。

それに、僕はもう時間がない。

僕は大人になっちゃった。それでもまだ、学校に通っている、要するに上の学校に進学した。

上の学校はとても…うん。勉強以外に何かをすること、とくに一年前のイノシシの死体に会いに家の玄関をくぐること、は許されない。

毎日起きてから寝るまで勉強をし続けないと、明日の授業で置いていかれる。

ほんの一日休んだら、それはもう首をつる縄を自分で編んで、もうほとんど輪っかに完成させてるのと同じ。

いつも勉強しなくちゃならない。ほんのちょっと、童話を読んで安らぐことも、散歩にでて適度に疲れ、その夜ぐっすり眠ることも、許されない。

苦しいよ。でも、ときどき。

慣れてきたら、ちょっと休憩を(冒険的に)してみながら、編んだ縄を解くこともできる。休憩の先か後にがんばれば、それは難しすぎることじゃない。

でも、やっぱりあの子には会えない。

たとえあの子がそこにいたとしても、もう僕の目は彼(彼女かもしれない)を、映さない。

僕の目は、さまざまな新旧の言葉と数式、あまたの公式を読み取るので容量を使い果たしてる。

あの子と『死の証人』がいたあの日の海辺は、今の僕の目には映らない、違う、全く二つに別れた片一方、素敵な方の世界になっちゃった。

今の僕の目が映すのは、何だろう。いく種類かの文字と記号と、そのられつ。

僕はもう、たとえ僕のとなりに立っていたとしても、あの腐りかけた旅の客には、あの死んだイノシシの子には、かつて僕が死を証明した彼(かもしくは彼女)には、会えない。

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