濃い黄色がたっぷりと流し込まれた、満月がみえる夜だった。
くすみ一つ許さないよう、職人の徒弟たちが怒鳴られながら作成した鮮やかなステンドグラスがはめられた廊下は、敬虔な図画を絢爛に映す。煌々と蠟燭がともされた屋敷は、主人から使用人までも寝静まり、シンと静かで気高い芸術と化していた。
『静かなる屋敷』の、中庭を臨む三階の西の部屋、ご主人と奥方さまのただ一人の子、メアリーお嬢さまの子供部屋は、その日まさに数年ぶりに、窓とカーテンが開け放されていた。乾ききった暑い空気が、陰気な黒いカーテンにちりをくっつけ、ぬるりと部屋にしのびこむ。それは一切気にかけられることなく背景と化し、部屋の主メアリーお嬢さまは部屋の真ん中に据えられた天蓋付きの寝台に寝ていた。だが、どろりと黒い大きな眼はぱっちりと開かれ、慢性的な疲労をぼんやりと訴えている。そして、天蓋の内側、彼女の傍らに立っているみすぼらしい少年が、眼の訴えを受け止めていた。少年は何も言わず、ときおりメアリーお嬢さまの細い首を支える純白の枕に手をついて、そこに散らばった少女の髪の毛を、薄い茶色の、細くて少なく、おまけに短いのを、機械油やちりがおちない大きなマメのある手で、撫でたり梳いたりしていた。
メアリーお嬢さまは、陰気でぶ厚いカーテンを開けるのが、まったく好きではなかった。だから、まだ幼い彼女が、いまよりずっと幼かったころ、やっと意味のある言葉を話せるようになったころには (お嬢さまは言葉が遅かった)、使用人は毎朝子供部屋を訪れてカーテンを開けることをお嬢さまによって固く禁じられ、それから数年来、カーテンが開けられることはなかったのだ。お嬢さまは、めったに聞こえない中庭のりんごの樹がそよぐ音や、りんごの葉の中でご機嫌に歌う小さなツグミの声を聞いてみたり、温かい太陽が照らしてくれようとする親切をほんのちょっと受け取って、眩しさを味わってみたりすることを、まったく煩わしくて頭を痛くするものだと嫌っていたから。
だが、この夜は、お嬢さまは窓とカーテンまで開けていた。
夜になって、屋敷がまるごと完璧な芸術になってしまってから、彼女は家無しのみなしごにそれらを開けさせたのだった。そのとき一切の言葉は発せられず、少年はメアリー少女の眼を見つめただけで。
みなしごのジャックは、メアリーお嬢さまが大事に抱えて愛するいくつかの秘密の一つで、気に入りのたった一人の友だちであった。少年はあくせくと労働されない、絢爛たる屋敷にまったく似つかわしくないけれど、それ故にメアリーの秘密としてふさわしかったし、唯一メアリーを目指して子供部屋に来てくれたから。ジャックにいつからか両親がいないのと同じように、メアリーにもいつからか、両親が訪れなくなっていた。
ジャックの手は機械油と貧民窟のちりでいつも汚れていて、すそが擦り切れて黄ばんだ一枚のシャツとひどく色が褪せたひざ丈のズボンを毎日着替えず、やたら大きな古いくつを履いていたから、もし遭遇していれば、ご主人と奥方さまは悲鳴や怒鳴り声をあげ、打ち殺すほどの勢いで少年を追い出しただろう。何より、みなしごとお嬢さまが邂逅したのは、ジャックが空腹のかんしゃくで豪華な食事を求めて無謀にも屋敷に盗みに入ったときだった。もしも、みすぼらしい少年が偶然三階の西の部屋の扉を選んでいなければ、メアリーは九つになるまえに、悪魔に連れ去られていただろう。
その日、ジャックとメアリーは、子供部屋で同じ時を長いこと過ぎさせながら、何も言葉を交わさなかった。メアリーは、眼でもって唯一の友だちに望みを伝え、開けられた窓の外にカーテンで縁取られて見える夜空を見、ジャックは少女の望みを叶えたきり、ときおり痩せた髪の毛に触れるほか何もしなかった。メアリーは夜空を眺め、ジャックはメアリーを見つめていた。
「ねぇ、ジャック、ジャッキー、ね、聞いて。」
上品で、落ち着いた小さな鐘の音のような声で、メアリーはか細くささやいた。ジャックはほんのわずかに頷いた。
「ジャック、あなたは、お願いだから、お母さまとお父さまに、お願いだから、見つかっちゃ、いけないわ。」
ジャックはメアリーの眼がうるむのを見つめていた。メアリーがジャックに、こんなに優しく、ほんとうに少女らしい声で話すことは、これまでにも幾度かはあったことだった。決まって、あすの朝日がその頭を見せるかその直前に、彼女が死んでしまいそうに感じる夜に。
「ジャック、お願いよ、あなたは、わたしの秘密だもの、知られちゃ、いやだわ。」
ジャックは前のめりになって枕に手をつき、いつものように丁寧にメアリーの額の薄い髪を撫で、手を伸ばして彼女の細い指を優しく握ってやった。手に触れるのは、普段とは違う、特別なことだった。
メアリーは弱弱しい瞬きをして、涙がひとしずく痩せた髪を湿らせた。
「ジャック、ねぇ、ジャック。」
夜空を見つめるメアリーの眼は、今度は星が遮られずに輝く天空を指していた。ジャックは、示された天空に背を向け、ただメアリーの眼を見つめていた。
「ねぇ、あの星が、うるさいわ。星がざわついて、あんまりそうぞうしくさわぐの、ねぇ、ジャック。」
少女の声は、かすれて、けれどやっぱり天使のようだった。
「わたし、ねむれないの。」
少年は子供部屋を静かに閉ざすと、豪華な異世界から飛び出した。彼は今すぐにでも天の星をすべて壊さなくちゃならなかった。
彼の少女が、唯一彼を愛していた同い年の女の子が、あの星がうるさくて眠れないと言ったのだ。少年がすべての星を抱く天空を壊すことは、あの瞬間に決定された。
少年はどれか分からない星に対してひどく怒った。彼は少女の指した星を見ていなかったから、彼にとって、すべての星はうるさくして少女をわずらわせたのだ。
少年は天に飛び出した。